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【世界史】古代ローマ史をマンガみたいに超速攻略!前編 ローマ爆誕!

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こんにちは。ヤマです。

今回はあのローマ帝国を攻略しましょう。

 

はじまりのローマ

 

貴族共和政

 

のちの大帝国ローマは、

ラテン人ティベル川流域につくった集落からはじまります。

 

彼らは先住のエトルリア人の王を追放し、

貴族共和政をとります。

 

マロ
マロ

つまり、王でも平民でもなく

貴族が中心ということだにゃ

 

貴族パトリキ(パトリキ)大土地所有の富💰をバックに

執政官コンスルコンスル。任期1年で2名)などの官職を独占し、

官職経験者は元老院セナートゥス(セナートゥス)終身議員となって

政治の実権を握りました。

 

一方、平民プレブス(プレブス)は政治から排除されますが、

完全に虐げられていたわけではなく、

 

彼らは土地をもった自立した農民で、

重装歩兵として従軍した人も多かったので、

 

「俺らにも参政権をよこせ!!

という身分闘争をおこします。

 

マロ
マロ

ギリシアと似たような流れにゃ

でもローマのほうがテンポが速いにゃ

 

身分闘争

 

平民プレブスを蔑ろにしつづけて重装歩兵を辞められると、

国防力がかなり下がります。

 

それで滅亡してしまっては元も子もないので、

貴族は以下のようなさまざまな譲歩をしました。

 

護民官平民プレブスの権利を守る)と平民会の設置(前5世紀初)

 

ヤマ
ヤマ

このときの平民会は、

「一応平民プレブスにも議論の場をあげるけど、

元老院セナートゥスが承認しないものはすべて却下な⭐

という一方的なものでした。

 

十二表法最古の成文法)により、

平民プレブスの権利を法で守る(前450ころ)

 

マロ
マロ

「なんで成文法が平民プレブスの権利を守ることになるか」

が怪しい人は、ギリシア編②の2.1.1をチェックにゃ

 

リキニウス・セクスティウス法(前367)で

貴族パトリキらによる公有地の占有を制限したうえ、

執政官コンスルの一人を平民プレブスから出すと定める。

 

そして、③を機に他の官職も平民プレブスに開放され、

 

ホルテンシウス法(前287)により、

平民会の決定が元老院セナートゥスの承認なしに国法となると定める

 

こうして法的な平等は一応達成され、

身分闘争は終了します。

 

しかし、アテネのように市民みなが参政したわけではなく、

上層平民ばかりが新貴族ノビレス(ノビレス)として参政したうえ、

 

ノビレスも元老院議員の仲間入りをして貴族パトリキ同様にふるまったので、

元老院中心の貴族共和政は実質的に維持されてしまいました。

 

ヤマ
ヤマ

つまり、

貴族パトリキVS平民プレブス ⇒ 貴族パトリキ新貴族ノビレスVS中下層平民プレブス

と変化しただけだったのです。

 

しかも、身分闘争で表面的には平等が達成されてしまったことで、

もはや中下層平民には法への不満を訴える余地すら残っていません。

 

こうして、格差は残存してしまったのです。

 

拡大するローマ

 

 

ローマの拡大

 

ローマは拡大し続けます。

 

戦争での勝利こそが最大の名誉というイケイケの民族性もあって、

戦争によって土地や戦利品をどんどん獲得していきます。

 

そしてとうとう、

前3世紀前半にはイタリア半島を統一します。

 

順風満帆の国家につきものなのが、

強力なライバルです。

 

その名も、カルタゴ

オリエント史にでてきたフェニキア人の植民市です。

 

このカルタゴとローマとのポエニ戦争(前264~前146)にて、、

ローマは第一次戦争に勝利し、

シチリアなど初の海外領土属州とよぶ)を得ます。

 

ローマはこの属州に総督をおくり統治、

徴税もおこないました。

 

しかし、そう簡単には終わりません。

第二次戦争にて、

世界史屈指の英雄・ハンニバル

カルタゴを率いてローマを苦しめました。

 

苦戦の末、開戦からなんと60年以上たったころ、

大スキピオ率いるローマはカルタゴを

ザマの戦い(前202)にて破り、

ようやく勝利を決定づけました。

 

 

ちょうどこの頃ギリシアはマケドニアに支配されていましたが、

ローマはマケドニアも破りギリシアを解放します。

 

マロ
マロ

ローマは良い人だにゃ

 

しかし、有り余る力は暴走を生むもの・・

 

とっくにハンニバルも亡くなり無力なカルタゴ

前146年になってから第三次戦争にひきずりこんで、破壊

同年ギリシアのコリントスも破壊し、

属州民からの搾取もどんどん強めます。

 

マロ
マロ

がっかりだにゃ!

 

カラクリ

 

マロ
マロ

ギリシアは小ポリスのままだったのに、

なんでローマは拡大したんだにゃ・・?

 

その秘密は、①テクノロジーと②システムです。

 

①ローマは土木建築の技術が極めて高度に発達していました。

これを軍事にも転用し、軍道を機能的に張り巡らせたのです。

 

②中国史でおなじみの分割統治をおこないました。

 

支配地を植民市・自治市・同盟市とバラバラに分け、

ローマ市民権を切り売りしながら

それぞれの権利・義務が個別に異なるようにして、

被支配者が団結して反抗することを防止しました。

 

また、この植民市というのも、ギリシアとは違い、

軍事拠点としてローマの直接支配のもとに設置されたものです。

 

つまり、ローマの諸々の要素が侵略と結びついていたのです。

 

 

外面はイケイケのローマですが、

ではさまざまな矛盾を抱えていました。

 

マロ
マロ

昼ドラみたいだにゃ

 

身分闘争が中途半端な結果になったのは先述のとおりです。

さらにこの時代には、

貧富の差がエゲつないほど拡大してしまいました。

 

富豪:元老院議員・騎士

  

元老院セナートゥス議員は戦争や属州統治で富を築きつづけ、

ラティフンディアという大所領を形成し、

そこで戦争捕虜などの奴隷商品作物を生産させる

大土地経営によって、ガッッッポリ💰儲けます。

 

また平民プレブスのなかにも、

属州の徴税請負人などとして成り上がり、

富裕化して騎士身分を得るものもいました。

 

騎士といっても戦場で騎兵として戦うわけではなく、

あくまでも称号です。

かれらも大所領を経営しました。

 

貧者:無産市民

 

もともと豊かでなかった中小農民たちは、

 

戦争にともなう戦死・留守中の土地荒廃にくわえ、

属州から安価な穀物が大量に流入したので、

 

彼らの多くはおおいに窮乏し、

目先の生活のためにやむを得ず土地を売り渡して、

 

どんどんどんどん

無産市民(土地などの財産をもたない市民)

へと没落してゆきました。

 

「パン🍞とサーカス🎪」

 

ただこの「無産市民」というのがポイント。

そう、どんなに没落しても、

あくまでもローマ市民権を持つ市民なのです。

 

つまり、無産市民にも

民会での官職選挙における投票権は残っていました。

 

そこで選挙の人気取りのために富豪が行ったのが、

「パン🍞とサーカス🎪」と総称される、

無産市民へのあの手この手の援助です。

 

「オラオラ票が欲しけりゃ俺たちを援助しろ!!」

無産市民が圧力・破壊行為をくりかえすことも

珍しくありませんでした。

 

マロ
マロ

国がイケイケなだけあって、

貧民もなんだが楽しそうだにゃ

 

そう、なんだかんだいって、

無産市民という言葉のイメージほど過酷な生活ではありません

 

ラティフンディアの耕作をさせられたのも、

彼らではなく、戦争捕虜などの奴隷でした。

 

奴隷に労働を任せて市民はわりと楽に暮らす、というのは

ギリシア・ローマ特有ですね。

 

一方、援助者である金持ち💰たちの間にも、

閥族派平民派という二つの派閥が生まれ、

援助をつうじて大衆を政治抗争に利用しました。

 

ヤマ
ヤマ

「閥族派」「平民派」はその名の通り、

前者は名門・伝統・元老院セナートゥスを重んじる派閥で、

後者は平民プレブスの権利拡大をめざす派閥です。

 

 

勃興するローマ。

しかしその裏で、

確実にローマは矛盾に蝕まれつつあったのです・・・

 

次号、混迷と英雄の時代!ローマ編②

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