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【世界史】ギリシア史をマンガみたいに超速攻略!③ペルシア戦争とペロポネソス戦争編

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さて、ギリシア史も三回目

古代ギリシアで繰り広げられる数々のドラマ攻略しましょう。

 

ペルシア戦争

 

絶望

 

前500年、ギリシアは絶体絶命のピンチを迎えます。

東方の世界帝国・アケメネス朝ペルシア

侵略してきたのです。

 

アケメネス朝の最大領域はおよそ800万㎢

あのオーストラリア大陸以上の大きさを誇ります。

 

それに対しギリシア諸ポリス

せいぜい日本の都道府県程度で、

数千㎢くらいしかありません。

 

マロ
マロ

何千倍もあるのかにゃ・・

まるでゾウ🐘とアリ🐜だにゃ

 

このアケメネス朝が、

ギリシアとよく絡んでいた

リディア(鋳造貨幣の発明者)を滅ぼし

ついで小アジアのイオニア諸都市を支配します。

 

ギリシアが次のターゲットにされるのも、

時間の問題でしょう。

 

ここで、イオニア都市が反乱をおこします(前499)。

 

アケメネス朝🐘は帝国なだけあって、

専制(支配者層による独断)政治です。

 

専制の支配からポリスの民主政を守る!!

と息巻くアテネは、

自分たちがアケメネス朝の服属民にならないためにも、

イオニア都市の反乱に援軍を送ります。

つまり、自らアケメネス朝と戦火🔥を交えます。

 

これによりギリシアは完全に

ターゲットとして目を付けられてしまいました。

 

反乱はすぐに鎮圧されたうえ、

アテネの行動を受けてアケメネス朝🐘のダレイオス1世は、

ギリシア侵略をはじめます。

 

こうして、

大帝国アケメネス朝🐘VSポリス連合のギリシア🐜

の、ペルシア戦争(前500~前449)がはじまるのです。

 

展開

 

第1回遠征

 

とうとうはじまったアケメネス朝による遠征。

しかし第1回遠征は、嵐のため失敗します。

 

マロ
マロ

命拾いしたにゃ・・

 

第2回遠征

 

ラッキーだったのもつかの間、

すぐに本格的な第2回遠征🐘がはじまります(前490)。

 

破竹の勢いのアケメネス朝。

しかしこれを、アテネの1万の重装歩兵軍が

マラトンの戦いにて撃破します。

 

こうしてアケメネス朝が海の向こうへ帰っていくと、

アテネは気を緩めることなく、次の遠征にそなえて

艦隊の増強・ポリス間の同盟強化につとめます。

 

マロ
マロ

アテネ・・大したポリスだにゃ

 

第3回遠征

 

ダレイオス1世が急死すると、

後継のクセルクセス1世が20万もの歩兵を動員して

王自ら第3回遠征🐘をはじめます。

 

気合の入り方が違うアケメネス朝に、

ギリシアはボコボコにされます。

 

テルモピレーの戦いでは、

最強の陸軍国スパルタ

レオニダスを含め全滅してしまったほどです。

 

マロ
マロ

今度こそ終わりだにゃ・・・

 

しかし!そんな大ピンチに颯爽と現れたのが、

アテネ第5の男・テミストクレスです。

 

彼は実に巧みな戦術により、

サラミスの海戦にて、

こんどは逆にアケメネス朝を全滅させます。

 

ここからはギリシアのターン!!!

 

陸ではプラタイアの戦いでアテネ・スパルタ連合軍が勝利し、

北方や小アジアからもアケメネス朝を蹴散らし、

イオニア都市も独立を回復させることができました。

 

こうしてポリスは自由と独立を守ったのでした。

 

それから

 

このあともアケメネス朝はギリシア支配を試みますが、

結局失敗します。

 

一方ギリシア内部では、

スパルタが横暴な将軍のせいで他ポリスの怒りを買ったこともあり、

アテネが盟主の対ペルシア防衛同盟として

デロス同盟がむすばれました。

 

マロ
マロ

アテネのおかげでみんな助かったからにゃ

アテネは良いポリスだにゃ

 

しかしこのデロス同盟、

ペルシアとの最終的な和約(前449)が結ばれた後もつづき、

アテネがエーゲ海全域を支配するのに利用されます。

こうして「アテネ帝国」が築かれるのです。

 

マロ
マロ

結局こうなるのかにゃ

 

アテネ民主政の完成

 

第6の男:ペリクレス

 

ペルシア戦争により、アテネ国内にも変化が生じます。

 

世界帝国の艦隊と戦うには頭数が必要でしたから、

武具無しでもできる船の漕ぎ手として

武具を買えない下層市民が動員され、活躍したのです。

 

こうして、

「俺らも戦で活躍したぞ!」と

下層市民の発言力が高まりました。

 

この中で登場するのが、

アテネ第6の男・ペリクレスです。

 

彼によってアテネ民主政は完成します。

 

民会は最高機関となり、

役職も五百人議会の議員も公平に抽選で選ぶようにしました。

 

しかしアテネ民主政には、

以下のように様々な現代との違いや問題点がありました。

 

将軍職だけは例外として選挙制(ペリクレスが事実上の終身将軍でいられた)

直接民主政で政党がない

成人男性のみに参政権がある(女性・奴隷・外国人にはない)

奴隷制が基盤(奴隷のおかげでみんな働かずに参政できる)

 

また、両親がアテネ人でないとアテネ市民権が得られない

というルールもあり、

内では民主政を完成したアテネも、

外に対してはきわめて排他的でした。

 

 

またペリクレスは

アクロポリス再建、神殿建設、劇の振興など、

文化面でもアテネを繁栄させました。

 

しかしその資金源は、

ラウレイオン銀山だけでなく

デロス同盟で巻きあげた金💰も含まれておりました。

 

 

ペロポネソス戦争

 

アテネとスパルタ

この二大主人公は、結局相いれませんでした。

 

ペルシアの脅威が去ったあと、

ついに決戦を行うこととなるのです。

 

それが、

アテネのデロス同盟と、これを警戒した

スパルタ・コリントスらのペロポネソス同盟との、

全ギリシアを二分する戦い、

ペロポネソス戦争(前431~404)です。

 

 

はじめはペリクレスのアテネが優勢でしたが、

疫病によりペリクレスを含むアテネ人口の3分の1が死亡すると、

戦争は泥沼化します。

 

さらに、好戦的な民衆を扇動するデマゴーゴス扇動政治家デマゴーゴスが、

泥沼化に拍車をかけました。

 

そしてついに、アテネが無謀な遠征に失敗し全滅したことで、

アテネはスパルタに敗北します。

 

アテネは破壊され、多くのポリスも荒廃して

中下層民はますます困窮しました。

 

斜陽のポリスたち

 

スパルタの強大化を嫌ったアケメネス朝ペルシアの援助により、

アテネは復興します。

 

マロ
マロ

昨日の敵は今日の友だにゃ

 

エパミノンダス率いるテーベ

レウクトラの戦い(前371)でスパルタを破り、

スパルタは没落、テーベがギリシアの覇権を握ります。

 

しかしその覇権もエパミノンダスの戦死後に崩れ、

ポリスは抗争と混迷の時代を迎えます。

 

覇権がアテネ→スパルタ→テーベと移るなかで、

ギリシア全体のパワーは低下したのです。

 

すなわち、

戦争による荒廃貨幣経済の浸透で、

貧富の差が拡大し、

無産市民であふれたほか、

 

土地所有農民の市民軍が維持できなくなり、

傭兵が用いられるようにもなります。

 

かつての共同体的連帯はもうガタガタ

 

そんななか、北方のマケドニア

フィリッポス2世のもと強大化し、

 

カイロネイアの戦い(前338)で

アテネ・テーベの同盟軍を破り、

ポリスを征服してコリントス同盟を組織しました。

 

マロ
マロ

とうとう征服されちゃったにゃ

 

次号、どうなるギリシア!?ギリシア史最終章

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