大学受験 東欧史(露独墺希など) 高校世界史

【世界史】ギリシア史をマンガみたいに超速攻略!①ポリス爆誕編

この記事は約7分で読めます。

 

 

こんにちは。ヤマです。

 

今回は、「ヨーロッパの故郷」と呼ばれる

ギリシアの歴史を攻略しましょう。

 

ギリシア神話、オリンピア、アレクサンドロス大王など、

マンガ・アニメの元ネタになってもいるような、

見どころが満載ですよ。

 

エーゲ文明

 

舞台についての前提知識

 

ギリシアのはじまりである「エーゲ文明」

 

これを理解するには、

ギリシアの地理や気候とセットで考えねばなりません。

 

「ギリシアといえばポリス

というくらいの知識がある人ならば、

いまからの説明でかなり頭がクリアになるはずです。

 

ギリシアは地中海性気候で、ローマも同じです。

 

土地はやせていますが、果樹栽培にはピッタリの地です。

果樹栽培ならば小規模農民でも自立して行えるレベルでした。

 

そのため、果樹栽培によりオリーブ油をつくり、

それを輸出することで穀物を輸入して生きていく

というスタイルをとりました。

 

ただ陸の交通は困難だったため、

地中海の航路で活発な交易が行われました。

 

交流がさかんなら文明も均質化します。

 

こうして、自立した市民による均質な都市文明として、

ポリス文明地中海沿岸に生まれるのです。

 

現代でも

「グローバル化による世界の均質化」🍔🍟🥤

がよく指摘されますよね。

それと同じです。

 

平和的なクレタ文明

 

さてエーゲ文明には、

前半のクレタ文明と、

後半のミケーネ文明とがあります。

 

そして、

平和的なクレタ文明が戦闘的なミケーネ文明に滅ぼされるのです。

 

まずはクレタ文明から攻略しましょう。

 

イギリス人エヴァンズが発見しました。

 

しかし彼らの用いた線文字Aが未解読なので、

実態はよくわかっておらず

 

クノッソス王国が中心的だった

ということさえ覚えれば十分です。

 

ただ、壁画にイルカ🐬が生き生きと描かれているように、

開放的で生き生きとした平和な文明でした。

 

マロ
マロ

マロは描かれてるかにゃ?

 

そんな彼らを、

ギリシア人の祖先によるミケーネ文明が滅ぼすのです・・

 

ちなみに、クレタ文明には別称があります。

 

それは、

ギリシアでもっとも有名な詩人ホメロスの詩に登場する

伝説のクレタ王・ミノアの名を冠した、

「ミノア文明」という呼称です。

 

戦闘的なミケーネ文明

 

お次はミケーネ文明

 

ギリシア人の祖先による文明で、

その中のアカイア人がミケーネに王国をつくりました。

 

この文明は

ドイツ人シュリーマンが発見しました。

 

シュリーマンは稀代のロマンチストで、

19世紀まで空想に過ぎないと考えられていた

ホメロスの叙事詩の描く世界が

「ぜーーーーーーーったい実在する!!」

と信じ込み、

 

なんと実際にミケーネとトロイアの遺跡

発掘してしまったスゴイ人です。

 

彼らが用いた線文字B

イギリス人ヴェントリスのおかげで解読済みです。

 

その結果、ポリス社会とはかなり異質

専制王国であったことが分かっています。

これはどちらかというとオリエントに近いです。

 

ミケーネはクレタを滅ぼしましたが、

線文字Bもクレタの線文字Aを元に作りました。

 

マロ
マロ

恩をあだで返してるにゃ

 

こうしてミケーネは、

ミケーネ・ティリンス・ピュロス

などの王国を繁栄させます。

 

しかしミケーネは前1300年ごろから衰退しはじめ、

なんとかトロイアを滅ぼすも、

前1200~前1100年にかけて全王国が滅亡します。

 

滅亡の原因は、

ドーリア人説だの「海の民」説だのあり、

よくわかっていません。

暗黒時代

 

ここは文明崩壊後の世界

文字は忘れられ、混乱が続き、交易もとだえた

「闇」の世界・・・

 

世界史では、こうしたエーゲ文明崩壊後の400年間を、

暗黒時代とよびます。

 

ただ、この時期に鉄器が普及したり、

ギリシア語アルファベットが考案されたり、

徐々に新社会がつくられていった時代でもあります。

 

なので、あくまでも、

「旧来の文字の喪失や混乱のせいで記録がロクに残ってない

ため、「何があったかわからない」という空白のことを

「暗黒」とよんでいるだけで、

 

決して、

人々が地獄💀のような苦しみに悶え続けたから

暗黒時代だ

というわけではないのです。

 

とはいえ混乱は大きく、

王国を追われたギリシア人の一部は、

アイオリス人イオニア人として

小アジア西岸までゆき、そこに定着しました。

 

マロ
マロ

移動せざるを得ないほど

混乱していたってことだにゃ

 

暗黒時代の様子は、

行政記録などの代わりに、

あのホメロスの叙事詩をつうじて伺い知ることができます。

 

それによると、こうした文明崩壊後の社会では、

ミケーネ文明のように一人の強力な王がエラぶっていては

やっていけなくなり

 

貴族を中心に王も平民も一体となって行動しました。

こうして後の

自立した市民によるポリス文明につながるのです。

 

ポリスの成立

成り立ちと仕組み

 

こうして、前8世紀ポリスが形成されました。

 

その多くは、

私有地クレーロス(クレーロス)奴隷をもつ人々が、

もともとバラバラに住んでいたところを、

貴族のリードにより市民として集住シノイキスモス(シノイキスモス)して、

防衛のために機能的につくったものです。

 

ヤマ
ヤマ

先ほど言ったとおり、

ギリシア人の一部は小アジアに逃れました。

 

でも、「移住したい」と思うような土地には先客がいるもの。

そこで、先住民と戦うために、

防衛的なポリスをつくる必要があったのです。

 

なので、

ポリスには役割の決まった場や施設がいろいろありました。

 

まず、海岸近くの丘にをつくり、

居住地域を城壁で囲むことで、外敵に備えます。

  

また、祭祀の場アクロポリスとしてアクロポリスを、

政治経済活動の場としてアゴラ広場アゴラをつくりました。

 

ポリスの大きさは、

城壁外の村落(農民はここに住む)・耕作地・牧草地をあわせて

だいたい日本の都道府県ひとつ分でした。

 

分類

 

ポリスには何種類かあります。

 

メインはアテネ型スパルタ型です。

 

①②とも中心市が周辺村落を広く支配した

(ことで、日本の都道府県くらいの大きさになった)のは同じですが、

 

①は貴族を中心に自由民が集住したのに対し(集住型)、

②は侵入したギリシア人が集住して先住民を隷属させました(征服型)。

 

ヤマ
ヤマ

要は、

ポリス内がわりと平等な①と、

完全に支配ー被支配に分かれている②という違いです。

 

他にも、

小集落がそれぞれ独立のポリスとなった例や、

あるいは小集落がゆるやかに連合するだけで、中心市が生まれない例

もありました。

 

ポリス同士の交流

 

ポリスは1500も存在しました。

 

その各々が独立国家・市民共同体として(宗教的にも)連帯し、

他ポリスとの戦争に明け暮れました。

 

一方、「同じギリシア人である」という共通意識もとても強く、

ポリス同士の交流・連帯もさかんでした。

 

例えば、ギリシア人をヘレネスと呼ぶ一方、

他民族をバルバロイ(「訳の分からない言葉を話すヤツら」)

とよんで区別しました。

 

「ギリシア人同士の連帯」といえば聞こえはいいですが、

それだけ他民族への差別意識も強かったということです。

 

他にも①宗教②スポーツ③同盟をつうじて連帯しました。

 

①についての共有例は、

ギリシア神話

ホメロスの叙事詩(神々が出てくる)

デルフォイのアポロンの神託(神のお告げの降臨)

 

②についての共有例は、

オリンピア競技(現在のオリンピックの元ネタ)

 

③についての共有例は、

隣保同盟

です。

 

さて、前置きはこの辺にしましょう。

ここからが、ギリシア史の面白いところです!

 

次号、興隆するポリス!ギリシア史②

コメント

タイトルとURLをコピーしました