西欧史(英仏伊西蘭など) 高校世界史

【世界史】フランス史をマンガみたいに超速攻略!⑦第一共和政と恐怖政治編

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急進化するフランス革命

 

第一共和政の成立

 

革命が急進化するなか、

1791年憲法にもとづく立法議会は廃止され、

 

かわりに男性普通選挙(成人男性全員に選挙権)により

国民公会が成立しました。

 

もはや立憲君主派(フイヤン派)は議員におらず、

共和派(ジロンド派・山岳党)議員しかいませんでした。

 

こうして、立憲君主制をさだめた1791年憲法は廃止され、

王政廃止と共和政(第一共和政)樹立が決定しました(1792.9)。

 

そして・・逃亡事件・内通疑惑で

すっかり嫌われてしまったルイ16世🌻は、

ギロチンで処刑されてしまいました(1793.1)。

 

危機と独裁

 

プロイセン・オーストリア同盟軍をも撃退しつつ

革命を急進化させ、

さらには国王🌻を処刑したフランス革命政府に、

 

ヨーロッパ諸国の上層部は危機感を募らせます。

 

こうして、今度はなんと

オーストリア・プロイセン

イギリス・スペイン・オランダなども加わった、

 

欧州諸国そろい踏みの第1回対仏大同盟

イギリス首相ピットを軸に結成されます(1793)。

 

この危機を受け、フランス革命政府は

何十万人もの国民を兵士として動員しようとします。

 

しかしこれが国民から猛反発をくらい、

この不満を利用した王党派の導きにより

ヴァンデの反乱がおきました(1793~94)。

 

そのほか暴動や食糧難が続発し、

とくに下層市民(サンキュロット)の不満

大爆発しました。

 

サンキュロットが支持母体の山岳党は、

この勢いに押されて

 

とうとうジロンド派議員を追放、処刑し、

公安委員会革命裁判所・監視委員会

などを通じた独裁政治をはじめました(1793.6)。

 

ロベスピエールの恐怖政治

 

恐怖政治と改革

 

山岳党は反対派を次々と処刑する

恐怖政治のもと、

 

1793年憲法

封建的諸特権の無償廃止

 

などの急進的な改革を行いました。

 

1793年憲法

 

ジャコバン憲法ともよばれるこの憲法は、

極めて民主的で、

全成人男性の選挙権

革命権をも保障したことが特徴です。

 

封建的諸特権の無償廃止

 

かつて憲法制定国民議会が

有償で廃止した(1789.8.4)封建的諸特権を、

ついに山岳党は無償廃止しました(1793)。

 

これに農民は大熱狂しますが、

少し落ち着くと、

「あ、土地さえあればもう十分です」となり、

 

農民たちはこれ以上の革命を望まない

保守派へと変わってゆきました。

 

恐怖政治の激化

 

改革の一方で、

ジロンド派の乱、対仏大同盟軍のフランス侵入、

インフレや食糧不足など、

フランスは危機に陥っていました。

 

そんななか、

山岳党のマラーは暗殺されます。

 

この情勢下、山岳党のロベスピエールを中心に

恐怖政治による革命はさらに激化します。

 

監視委員会は厳しさを増して

革命委員会とよばれるようになり、

 

元王妃マリ=アントワネットの処刑

最高価格令による価格コントロール

革命暦の制定

キリスト教の廃止理性崇拝

 

といった「革命」を断行します。

 

ヤマ
ヤマ

あの化学者ラヴォアジェ

このとき犠牲になりました。

 

ロベスピエールはさらに

エベール派や盟友のダントンなど

山岳党の仲間すらも次々と処刑します。

マロ
マロ

なんてことだにゃ・・

しかしロベスピエール政権は短命でした。

 

曲がりなりにも独裁と恐怖政治が続いたのは、

「対仏大同盟」という国そのものの圧倒的的脅威

に対抗するために、

 

ひとまずは強力なリーダーが求められ、

多少の強引さは正当化されたからでした。

 

しかし対外戦争を必死になって落ち着け

国家存亡の危機が遠のくと、

皮肉なことに、かえって

恐怖政治への反発のほうが

大きくなってしまったのです。

 

農民は封建的諸特権の無償廃止から保守化し、

いつしか彼らにとっての革命政府は、

(土地を得るという)必要以上に革命を急進化させる

ジャマな存在になってしまったのです。

 

労働者にとっても、革命政府は

価格統制令により賃金価格も統制してくる

ジャマな存在になってしまっていました。

 

肝心のサンキュロットも

参政権を獲得したことで熱が落ち着きます。

 

このようにロベスピエール政権が動揺するなかで、

国民公会がクーデタを起こします。

 

テルミドールのクーデタ(1794.7.27)により、

ロベスピエールは失脚、

なんと翌日には処刑されてしまいました。

 

マロ
マロ

あっけないものだにゃ

 

総裁政府

 

これまでフランス革命は過激化の一途をたどっていましたが、

ロベスピエールの失脚を機に、

革命は鎮静化ブルジョワジーが政権を握ります。

 

そして、国民公会は解散となり、

気持ちを新たに総裁政府が成立します(1795.10.26)が、

 

ブルジョワ政権なだけあって反動的でした。

 

総裁政府の定めた1795年憲法

選挙権を全成人男性に与えるのを止めて、

財産額によって制限を付けてしまいます。

 

さらに、「どっちつかず」の総裁政府は

 

王党派の反乱、バブーフによる政府転覆計画

相次ぐ左右両派によるクーデタ

 

などの各方面での政争で揺れる

非常に不安定な政権でした。

 

たとえ独裁者ロベスピエールを退場させたところで、

根本的な問題は全くの未解決なのです。

 

ですから、民衆の生活を圧迫するインフレ

あいかわらず猛威を振るっています。

 

ゼロから一気に駆け上がるまではよかったのですが、

急進化しすぎてストップがかかったことで、

駆け上がりの反動で矛盾が一気に噴出し、

革命は泥沼化してしまったのです。

 

革命はすっかり停滞し、その成果は失われつつありました。

 

マロ
マロ

結局こうなるのかにゃ

 

しかし、ここが世界史の面白いところです。

 

現れるんですね。時代そのものをひっくり返す大英雄が。

 

そうそれが、

あの大哲学者ヘーゲルが

「世界精神」そのものだと称揚した、

 

世界史が生んだ大英雄

ナポレオン=ボナパルト

なのです・・!!

 

次号、フランス史⑧ナポレオン編!

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