西欧史(英仏伊西蘭など) 高校世界史

【世界史】フランス史をマンガみたいに超速攻略!②フランク帝国分裂とカペー朝編

この記事は約6分で読めます。

 

 

さてフランス編🥖の第2回です。

 

 

マロ
マロ

今度こそ“読めた”にゃ!!

カール大帝が分割相続をやめて、

帝国は安定したんだにゃ

 

ヤマ
ヤマ

え、分割相続はふつーに続いたよ。

 

マロ
マロ

・・・・・・・・・・・・

 

フランク王国の分裂

 

相変わらず分割相続の慣習を維持していたフランク帝国は、

 

たまたまカールの第1子・第2子が故人だったために

運よく単独相続できたルイの死後、

 

案の定ヴェルダン条約(843)により

3つに分裂します。

 

こうして

 

ロタール(ルイの長男)は帝位・中部フランク・北イタリア

 

ルートヴィヒ(ルイの3男)は東フランク

 

シャルル(上二人の腹違いの末弟)は西フランク

 

をそれぞれ継承しました。

 

しかし争いはこれで終わらず、

ロタールの死(855)後に争いが再燃し、

 

メルセン条約(870)により

中部フランクは東西フランクに併合されました。

 

こうして現代の

イタリア・ドイツ・フランス

の基礎ができたのです。

 

西フランク

 

フランク帝国から分離してできた

現在のフランス🥖の原型

西フランクです。

 

この国はメルセン条約(870)のころには

すでに乱れ始め

 

とくにノルマン人の侵入

に悩まされました。

 

885年には、

ロロ率いるノルマン人により

パリを包囲されてしまいました。

 

これを何とか乗り切ったカロリング朝ですが、

その約100年後には断絶してしまい、

 

かわりに有力者の

パリ伯ユーグ=カペーが即位して

カペー朝(987~1328)を開きます。

 

カペー朝

 

せっかく開幕したカペー朝ですが、

有力諸侯のなかから選挙で王に選ばれただけで、

 

とても圧倒的な力などは持っておらず、

いち有力諸侯ほどの力にすぎませんでした。

 

そのため、出だしから一貫して諸侯の勢力が強く

王権の弱い分権的な国のままでした。

 

さらに、

フランス領の西半分

イギリスプランタジネット朝に領有され、

 

フランス王領はごく狭く

フランスはまさにイギリスに併合されそうになっていました。

 

フィリップ2世(位1180~1223)

 

そんなときに産声を上げた👶のが、

「尊厳王」とよばれるフランス屈指の名君

フィリップ2世です。

 

彼は

①権力②領土

の2つを強大化させました。

 

まず①はすなわち中央集権化です。

 

官僚(皇帝の手先)の整備にくわえ、

 

都市を味方につけて諸侯をけん制(敵の敵は味方理論)

することにより、

 

王権を強化しました。

 

②としては、

イギリスの恥こと欠地王ジョンから

ゴッッッッソリフランス西半分を奪還

 

・南フランスの異端カタリ派を征伐するために

教皇が派遣したアルビジョワ十字軍に加勢(することで

フランス王権拡大に利用)して、南フランスへ拡大

 

という事績をのこしました。

 

こうして、フィリップ2世以降1世紀のあいだ、

フランスはヨーロッパの中心的存在となるのです。

 

ルイ9世(位1226~70)

 

フィリップ2世が「拡大」したフランスを

ルイ9世「安定」させることにつとめ、

 

フランス国内のみならず

ヨーロッパ全体をも平和へと導きました。

 

しかし彼は「聖王」と称されるほどキリスト教に熱心で、

そのあまり第7・8回十字軍を立て続けに起こしますが、

 

ボロ負け・莫大な戦費・自らも捕虜

という散々な結果となり、

 

結局十字軍として出兵中に没しました。

 

フィリップ4世(1285~1314)

 

フィリップ4世といえばやはり、

「端麗王」と称されるほどの超絶イケメン✨だったこと

 

ではなく

フランス身分制議会のはじまりとされる

三部会の招集をしたことです。

 

マロ
マロ

なるほど、イケメン✨なうえに

先進的な王だったんだにゃ

 

いや・・・そういうわけではなく・・・

 

毛織物産業で豊かなフランドル地方を✨が欲しがる

 

➨✨はイングランド王エドワード1世とフランドルを争う

 

戦費💰がどんどん膨らむ

 

➨戦費捻出のためフランスではじめて全国的に課税

 

臣下「教皇うるさいし、聖職者からは課税しないほうが・・」

✨「いや、いけるっしょ」

 

教皇ボニファティウス8世😤(教皇至上主義😤)「許せん!!」

 

➨✨「教皇😤うるさいから国民みんな説得して味方に引き込むわ」

 

こうして✨は説得のため

聖職者・貴族・平民の代表からなる三部会を招集し、

 

課税のかわりに得られるフランス国益をアピールして

国民からの支持を得たのでした。

 

国民👪「うおおおお!!フランス万歳!ローマ教皇なんて知るかよ」

 

😤「ブチッッ!!✨なんか・・!!破門じゃ!!!!!!

 

✨「は??悪徳教皇め!捕えてやる!

 

こうして起きた教皇捕縛未遂事件を

アナーニ事件とよびます。

 

前代未聞の辱めに激高したボニファティウス8世😤は

憤死してしまいました。

 

新教皇クレメンス5世はもはや✨の言いなりで、

✨はローマ教皇庁を

フランスのアヴィニョンに移し、

教皇権をフランス王権の監視下におきました(「教皇のバビロン捕囚」)。

 

マロ
マロ

なるほどにゃ・・・

それにしても、✨はなんで

「全国課税いけるっしょ」

と考えたんだにゃ?

  

これまではヨーロッパ中で普遍的な権威を誇った教皇

相次ぐ十字軍の失敗などにより失墜しておりました。

 

「権威の切れ目が縁の切れ目だ」

✨は伝統的にフランスと仲良しだった

教皇とのつながりを断ち切ったのです。

 

 

こうしてフランスに隆盛をもたらした

フィリップ2世・ルイ9世・フィリップ4世✨

は、中世フランスの三大名君と称えられるのです。

 

しかし・・

 

✨が遺したイングランド王との領土問題

のちにとんでもない大波乱を招くこととなるのです。

 

次号、フランス編③百年戦争とジャンヌ=ダルク編!

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