東アジア・中央アジア史 高校世界史

【世界史】中国史をマンガみたいに超速攻略!⑦モンゴル帝国編

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さて今回は、「13世紀はモンゴルの世紀」編です。

 

あの巨大なユーラシア大陸をほとんど制圧し、

ヨーロッパを震え上がらせた

人類史上屈指の超大国のあゆみを、攻略しましょう。

 

モンゴル帝国

 

前回のメインキャラである

西遼も西夏も金も南宋もみーーーんな滅ぼした

巨大国家の快進撃をご覧ください。

 

チンギス=ハンの時代(1206~27)

 

テムジン(鉄木真)はナイマンなど諸部族を倒しまくり、

モンゴルを統一しました。

 

マロ
マロ

「鈴木一真」じゃないからにゃ

 

かれはクリルタイという集会で

称号・チンギス=ハンを手に入れます。

 

そして千戸制のもと兵を率いて、

西遼を滅ぼし、

イスラーム国のホラズムを滅ぼし、

を半壊させ、

ついでに言うことを聞かなかった西夏も滅ぼします。

インドにまでも侵入してます。

 

一代でめちゃくちゃ拡大しましたね。

ここからもモンゴルは広がりまくりますが、

 

豊かな農耕地帯は直轄し、

遊牧地帯一族にあたえて小王国をつくらせる

というスタイルをとります。

 

たとえばチンギス=ハンの次男チャガタイ

チャガタイ=ハン国をつくりました。

 

オゴタイ=ハンの時代(1229~41)

 

後継のオゴタイ=ハンは、

まず南宋

 

 

 

と組んでを滅ぼし、(南宋「ほっ・・」)

カラコルム中国風の新都を築きます。

 

また、モンゴルはただ腕っぷしが強いだけの、

滅ぼしっぱなしの国ではありません。

耶律楚材やりつそざいが征服地の税制もちゃんとととのえました。

 

そしてついにモンゴルは、

バトゥのもと、ヨーロッパ遠征をはじめます。

 

キエフ公国を滅ぼすなどロシアを攻略しまくり、

ドイツ・ポーランドの連合軍をワールシュタットの戦いで破り、

ハンガリーの首都も落とします。

 

ヨーロッパ大ピンチ!!!!

 

しかしここで偶然オゴタイが没し

バトゥは帰っていきます。

 

バトゥは後退しきったところで、

キプチャク=ハン国(都:サライ)をたてました。

 

モンケ=ハンの時代(1251~59)

 

こんどは西アジア遠征です。

 

モンケ=ハンの弟フラグ

イランのイスマーイール派を破り、

アッバース朝を滅ぼし、

イランにイル=ハン国を建てます。

 

一方、しぶとかった高麗も屈服させます。

 

フビライ=ハンの時代(1260~94)

 

この超大国は皇位継承争いも熾烈です。

(40年もにおよぶハイドゥの乱など)

 

そのなかでフビライ=ハンは、

大理国(雲南)や吐蕃(チベット)を滅ぼしたうえで即位します。

 

また中国風の統治システムを採用し、

大都( 今の北京)に遷都したり、

国号を中国風のに変えたりしました。

 

そんななか、

こっそり生き残っていた南宋も、とうとう滅ぼされます。

異民族が中国全土を支配した史上初の瞬間です。

 

チベット・高麗も属国としたことで、

元は最大版図を実現します。

 

しかし、

日本・ベトナムの朝・ジャワ

への遠征はすべて失敗しました。

 

統治制度

 

中国風統治システムに独自のアレンジをしました。

 

超大型巨人モンゴルは、

支配しているたくさんの民族を3つにグループ分けします。

 

色目人中央アジア・西アジアの人々です。

 

元は色目人を支配層に引き入れます。

圧倒的多数の中国人少数のモンゴル人で抑えるため、

おもに財政面で色目人は利用されたのです。

 

マロ
マロ

被支配者の一部だけ味方に引き入れて

分断させるというのが、

支配者のいつもの手だにゃ

 

漢人の支配下にいた華北の人々です。

 

漢族だけでなく、契丹・女真・渤海・高麗人も含みました。

 

南人南宋の支配下にいた江南の人々です。

 

 

②③の人々は肩身の狭い思いをします。

 

科挙で求められたような儒学などの教養・勉学の大切さは理解されず

武人・実務ばかりが偏重されたこともあって、

 

宋代にブイブイいわせた士大夫

すっかり冷や飯🍚を食わされます。

 

(ただ中国人もやられっぱなしではありませんでした。

直接支配された華北とちがい、

江南では形勢戸・佃戸制両税法が温存されました。)

 

また、超大型巨人は行政区画も超大型だとばかりに、

州県制より上級の

行中書省ぎょうちゅうしょしょうを設けました。

 

交通・貿易の発達

 

もともと遊牧民のモンゴルは、

東西貿易における商品に税金をかけたら

ボロ儲けできることに気づいていました。

 

そこで東西貿易がスムーズにおこなわれる(ことで儲かる)ように、

駅伝制により交通をととのえ、

モンゴル公式の牌符はいふをもった人には

宿・食料・馬を提供しました。

 

こうして超大型巨人により

便利で安全になったユーラシア大陸(「タタールの平和」

において、ムスリム商人が活躍します。

 

ムスリム商人のおかげで海上貿易も発展し、

杭州・明州・泉州・広州などが栄えました。

 

さらに、フビライによる隋以来の

大運河補修海運の発達もなされ、

大都は陸海の中心地となります。

 

また元では、金以来の紙幣である

交鈔が唯一の通貨として流通しました。

 

元の衰退

 

フビライ没後に問題が大噴出します。

 

政治の腐敗

 

いまだにクリルタイで皇位継承者を決めていたため、

皇位継承制度が整っておらず、

激しい権力争いに。

 

インフレ

 

チベット仏教にドはまりした皇帝が

ジャブジャブ金をつかったりしたせいで

財政難になり、

 

お決まりの錬金術である貨幣(交鈔)濫発と専売制強化によって、

インフレします。

 

今みたいに

「インフレしたら給料アップ」なんてこともないので、

民衆は苦しみます。

 

天災・飢饉

 

こうしたなか、またまたお決まりの

「不満をためた農民による大反乱」である

紅巾の乱が起きます。

 

弥勒みろくがいつか現れ人々をってくれる」という

弥勒信仰をもつ白蓮教徒という人たちがいました。

 

この、ユダヤ教メシア(救世主)待望論にも似た宗教に、

苦しむ農民たちは惹きつけられました。

 

さてこの白蓮教徒たちは、

「弥勒の降臨の前には「天下大乱」があり、

それにより既存のものはブッ壊れる

という信仰ももっていました。

 

そんな白蓮教徒紅い布を巻きまがら

暴れまくったのが、紅巾の乱です。

 

江南にをたてた朱元璋により

とうとう超大型巨人は駆逐され

モンゴル高原へと退きます(北元)。

 

次号、中国史⑧「聖賢・豪傑・盗賊」のアメリカンドリーマー朱元璋による、明編!!

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