東アジア・中央アジア史 高校世界史

【世界史】中国史をマンガみたいに超速攻略!⑬(清編④)

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長かった清編もこれで最後

「眠れる獅子」🦁💤が眠ったまま最期を迎えるまでの

悲劇を攻略しましょう。

 

列強の中国侵略

 

日清戦争の敗戦で、

「なんだ、やっぱ清弱いじゃん」

と気づいてしまった列強は、

ますます露骨に中国を侵略します。

 

ただ「侵略」といっても、

単純な武力制圧だけが侵略ではありません

 

「経済侵略」などの狡猾な方法が

とくに近現代は多くなってきます。

 

そしてこのときは、

租借地・鉱山採掘権・鉄道敷設権

などの獲得というスタイルがとられました。

 

こうして、豊かで広大な中国内地や満州は、

ほとんど余すところなく列強に食いつくされてしまいます🍰。

 

「中国分割」の首謀国は6国

①ロシア②ドイツ③イギリス④フランス⑤日本⑥アメリカ

です。

 

ロシア

 

かつてのライバル・ロシアもいまではすっかり格上

 

ロシアは1891年の時点で

シベリア鉄道建設にとりかかっており、

極東侵略する気マンマンでした。

 

ロシアフランス・ドイツを引き連れて日本を脅し、

下関条約で獲得した遼東半島を清に返還させた

みなさんご存知の三国干渉、1895年。

 

ちょくちょく「清を助けるヒーロー」感を出してくる

ロシアですが、ここでもちゃっかり代償として、

 

シベリア鉄道ウラジヴォストークとを

満州経由でつなぐ、

東清鉄道の敷設権を獲得します。

 

さらには、

ドイツがある土地の租借権を清から獲得すると、

 

俺にもよこせ!とばかりに

艦隊を派遣して清を脅迫し、

 

遼東半島の旅順・大連を租借して、

念願の不凍港をゲットします。

 

こうしてロシアが

東北地方(満州)を勢力圏としたことで、

朝鮮への圧力も強まり、

日本・イギリスとの緊張が高まりました。

 

ドイツ

 

ドイツが租借したある土地とは、

山東半島の膠州湾こうしゅうわん

1898年に宣教師殺害事件を口実に獲得しました。

 

こうしてドイツは山東半島を勢力圏としました。

 

イギリス

 

18世紀以降しばらく中国貿易を独占し、

アヘン・アロー両戦争

利権をガッポリ奪った大英帝国は、

 

1898年、租借地をゲットした露独に対抗して、

香港島対岸の九竜半島

山東半島の軍港威海衛

租借します。

 

このほか、上海など長江流域を勢力圏としました。

先駆者なだけあって、オイシイところを確保します🍰。

 

フランス

 

清仏戦争で勝ち取ったベトナムに連なる、

華南の広東・広西地方を勢力圏としました。

 

日本

 

日清戦争で勝ち取った台湾の対岸にあたる

福建地方を勢力圏としました。

 

アメリカ

 

実はアメリカは乗り遅れてしまいます。

 

南北戦争という内戦にケリを付けたあと、

マッキンリー大統領のもとで帝国主義が高揚し、

 

米西戦争(1898)でフィリピン・グアムを得て

「とうとう次は太平洋の向こう岸だ!」と

中国進出の機運が高まったころには、

 

アメリカの入り込む余地は残っていませんでした

 

そこで1899年、国務長官ジョン=ヘイ

中国市場の門戸開放・列国の機会均等・中国の領土保全

というモットモラシイ原則を内容とする、

 

アメリカファーストの門戸開放宣言で列強を牽制し、

遅れをとった中国市場へ割り込むスキをつくろうとします。

 

ヤマ
ヤマ

いまでこそアメリカは世界一の超大国ですが、

当時は列強の一角にすぎませんでした。

 

なので、門戸開放宣言といっても、

ジャイアンのようにねじ伏せようとしたわけではなく、

あくまでも「お願い」でしかありませんでした。

 

ただ、列強は一応これに賛同してくれたので、

中国分割はいったん緩み、

めでたくアメリカ資本は中国市場に進出できました。

 

戊戌の政変

  

背景

 

日清戦争敗戦で完全に挫折した洋務運動の問題点は、

表面的に技術をパクるにすぎず、

既得権益が私腹を肥やしてばかりだったことでしたね。

 

そこで中国の知識人たちは、

伝統的な君主独裁体制そのものをブッ壊す

必要があると悟りました。

 

こうして、議会政治・立憲君主制などの

西欧流の近代的政治体制の樹立が、

日本の明治維新をモデルに目指されました。

 

これを変法運動(変法自強)といいます。

 

展開

 

変法運動の中心人物は康有為

 

彼は中国伝統の代名詞である儒教のなかでも、

政治上の実践こそを重視する公羊学派でした。

 

マロ
マロ

儒教の人って保守的なイメージにゃが、

ほんとに改革なんてできるのかにゃ・・?

 

 

ヤマ
ヤマ

康有為は、

孔子は実は守旧の人ではなく

聖人の言葉をかりて

政治を改革しようとした改革者なのだ。

だからわれわれ儒学者も改革者たるべきだ!!」

 

という大胆奇抜なロジックで、

伝統の象徴のはずの儒教を、

むしろ改革の理論的根拠にしてしまったんだ。

ディベート強そうだね。

 

康有為は梁啓超とタッグを組み、

若手の官僚・知識人といった若いエリート層の支持を集めます。

 

とうとう康有為の熱意は、

清皇帝その人を突き動かします・・!

 

マロ
マロ

アツい展開だにゃ・・!!

 

ときの若き皇帝・光緒帝は、

保守派の妨害を押し切り、

 

科挙の改革(西学の導入)、近代的学校の創設

などの改革を自ら断行します(戊戌ぼじゅつの変法)。

 

挫折

 

しかしここで立ちはだかったのが、

60過ぎのジコチュー贅沢おばさん🙍

西太后でした。

 

政敵を潰すのだけは得意な西太后は、

保守派をひきつれクーデタをおこし、

光緒帝を幽閉して政権を奪います(戊戌の政変)。

 

こうして戊戌の変法は「百日維新」におわり、

康有為・梁啓超は日本に亡命、

朝廷にはただ排外的なだけの保守派ばかりが残りました。

 

こうして失敗した戊戌の変法。

その大きな理由は、

 

これから述べる仇教運動のような

「下からの」民衆運動

「上から」目線で蔑視するエリート意識を康有為らは卒業できず、

民衆の支持を得られなかったことにありました。

 

仇教運動

 

アロー戦争後の北京条約キリスト教布教が公認され、

中国内地も旅行し放題になると、

中国内地の農村にもキリスト教がひろまります。

 

太平天国があれだけ巨大化したくらいですから、

キリスト教は結構ウケが良かったのです。

 

ただキリシタンは、田舎の農村という

いかにもローカルルールでガチガチなところでも

教義に反する中国伝統の慣習はキッパリ拒否したりしたので、

村の秩序を乱すとして目の敵にされます。

 

また一方で、

関税自主権の喪失にくわえ、

鉄道敷設によってさらに激しくなった安価な外国製品の流入によって

 

伝統的な手工業が破壊されてしまい、

そのことによって中国民衆は

不安・排外感情を高めていました。

 

この憎しみはキリシタンにぶつけられ、

教会打ちこわし・宣教師や信徒の襲撃という

反キリスト教運動(仇教運動が高まりました。

 

マロ
マロ

憎しみの連鎖だにゃ・・・

 

義和団事件

 

こうした社会不安・窮乏のなかで、

秘密結社や武術結社が民衆の支持を集めました。

 

その最たるものが、

「修練をしっかり行えば、

お札を呑み呪文を唱えるだけで銃弾をも跳ね返せるし、

孫悟空や関羽を憑依させて闘うことができる⚔」

といった、

 

少年漫画を地で行くようなトンデモ理論

義和拳(しかもあの白蓮教の流れをくむという胸アツ要素も有り)

でした。

 

激しい修行の末に無事、

ドラゴンボールの孫悟空たちZ戦士

のような強者を憑依させることに成功した義和拳は、

 

「扶清滅洋」(清をたすけ西洋を滅する)

をスローガンに、義和団として、

各国公使館のある北京に攻め入ります。

 

実はこのとき、

朝はこのZ戦士たちを排外運動に利用しようとして、

こっそり公認・支援していました。

 

だから「滅満」でも「反清」でもなく

「扶清」だったのです。

 

Z戦士たちが公使館を包囲すると、

西太后ら保守排外派の清も各国に宣戦布告します。

 

マロ
マロ

イヤな予感しかしないにゃ

 

これに対し、

日本・ロシアを主力とする独・墺・英・仏・伊・米

オールスター⭐が、

 

在留外国人の保護を名目に出兵し(8カ国共同出兵)、

Z戦士を粉砕、北京を占領しました。

 

マロ
マロ

やっぱりにゃ

 

これが義和団事件(1900~01)です。

 

ヤマ
ヤマ

肝心の中国イジメのボス・イギリスは、

このとき南アフリカ戦争で忙しく、

 

代わりとして、ロシア牽制の意味もあって

日本に大軍を要請していました。

 

またまた敗れた清は北京議定書(1901)をむすび、

 

①巨額の賠償金

だけでなく、とうとう

 

北京周辺の軍備撤廃

③外国軍隊の北京駐兵権

も認めてしまいます。

 

ただZ戦士もただでは散りませんでした。

領土分割は行われなかったのです。

 

Z戦士の強大な気(民衆の抵抗のエネルギー)

を目の当たりにした列強は、

 

下手に分割を強行して第2・第3のZ戦士を招くより、

中国統治は骨抜きになっている清朝に任せ

もっぱら経済的利益を吸い上げるほうが良いと考えたのでした。

 

次号、革命の時!新生中国始動!!

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